奪う

「嘘じゃなかったよ。あれは」
 口をぽかんと開けている影山を、素通りする。
 悩めばいいさ。好きなだけ悩んで考えればいい。そんなことを考えながら、前に進む。影山はこちらに向かい走ってきた。月島の正面に入り、睨みつけている。進めないとこちらも睨みつけた。
「どういう意味だよ?」
「それぐらい自分で考えなよ。それだから君は王様なんだ」
「うるせーよ。答えろ」
「だからさ、そういう所がさ、暴虐政治っていうやつなんじゃないの? 市民の気持ちぐらい分かろうとしないと」
「ふざけてんじゃねぇよ。分からねぇ、思い当たらねぇ。俺はお前に、何もしてなんかない」
「君はさ、そういうんだからきっと余計なものが、たっくさんついてくるんだろうね」
 肩にぽんと叩くと、影山を避けて再び歩き出す。影山は立ち止ったままだ。追いかけてくる気配はない。してやったと思った。
 触れた唇の感覚を思いだす。指先で唇をなぞる。こんなものだけで、あんな影山を見ることが出来るなら、何度でもしてやろうかと思う。意地の悪い顔が自然と浮かぶ。
 けれど嘘なんかじゃない。あの時に唇を不意打ちに奪った後、囁いた言葉。
「君に惹かれている」
 困らせてやろうと思った。その為には、考えている一部を差し出さなければいけなかったが、その程度、あの表情に比べれば安いものだ。初めて月島自身を見ようとした目。驚きや羞恥、そして意識。
これから、もっと沢山と見ることが出来るだろう。あぁ、面白い。あの王様がたじろんでいる所をもっと見たい。
 しかし何故か胸が痛いのは何故だろう。これからの期待が、膨らみすぎているのだろうか。あの瞳に映った困惑が脳裏から離れない。
少し寂しい気がしてきた。それに疑問を感じる。
月島は今まで影山の目に、それだけしか映ってなかったのかと感じた。月島の目には沢山の影山の悪い所、そして惹かれていたことが映っていたのに、お互いの視線は食い違っていたことを知った。それは改めて、知りたくもなかったことだった。

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