投げられた石

「君でも悩むことがあるんだね」
 河原の草を踏みならし、月島が傍に寄って、俺の隣に腰を下ろした。
俺は黙っている。風が俺達の髪を揺らす。視線はずっともうすぐ落ちる太陽を見送るように離さない。恋しいわけじゃないけれど、なぜか暗闇に変化していくのは不思議と胸が痛くなるもんだ。
 さようなら、言葉には出さず、落ちた太陽に別れを告げるように、視線を離した。さて、今度はどこを見つめていようかと思っていたら、月島が俺の手を掴んだ。冷たい。寒いなら、さっさと俺を置いて帰ってしまえばいいのに。どうしてそこにいるのだろうか。俺は聞いてみた。
「なんで、お前は俺を待っているんだよ」
 手は掴まれたまま。振りほどくほど気持ちは高ぶっていないから、そのままにしておく。
「君を一人にしておいたら、このまま勝手に傷ついて終わりにしちゃうのが癪だからだよ」
「そんなこと、お前には関係ないことだろ?」
「関係ないだろうね。でも、僕が嫌なんだよ。取り残されるのは好きじゃないから」
 太陽はのめりこんで、明かりはもう電灯の人工的な明かりしかない。ささやかな光だけで俺達は照らされている。その明かりは情もないように一定だけの明るさで照らしている。確約した光をいつも与えられるならそれは安心といえるべきものなんだろうか。虫達は好んでその周りを飛び交っていた。消えている電灯は周りにはない。
 俺はゆっくり立ちあがる。触れていた指先をするするとなぞる様に惜しみながら離す。そして、隣に落ちていた掌に丁度包み込まれるほどの大きさの石を川に思い切り投げた。跳ねもせずにぽちゃりと波紋を作り、石は川底に吸い込まれる。
「偶にこんな風に投げかけられたものが、自分の中に吸い込まれて、消えてしまうことがある」
「それはどういうこと?」
「つまり」と俺は言った。そうして落ちていた石をもう一度川に投げる。同じように吸い込まれた。「痛みを感じなくなってしまうってことだよ」
「ということはさ、何かを言われたのかい?」
「つまんないことだけどな」
「聞きたいな」と月島は俺に興味を示した。
理解できずに俺は月島に疑問の眼差しを向けた。知る必要もないことだから。
「君のことを少し知りたくなった」と月島は疑問の答えを口に出して言った。そして付け加えた。「そのことで僕はもっと君を傷つけられる答えを見つけられるかもしれないし」
 俺は真面目な顔をして言う月島が可笑しくて、さきほどまで固まっていた表情が僅かに緩む。
「そんなことを面と向かっていえるお前には無理な気がするぜ」
「そうかな? 君は君自身が思っているほど強く出来てないから、すぐにでも壊れそうだけど。現にほら」と月島は川を指した。「あの中に溜まっているものは中々消えないだろう? 君一人だけじゃ、埋め尽くされるのは時間の問題だよ」
 そういうが、川は少しばかりの石じゃ埋まるはずも無い大きさだった。
「こんなに広いのに?」と俺は聞く。
「でも、君はこんなに広く出来ていないはずだよ。とても、浅いように見える」
 月島は立ちあがり、石を川に投げる。そして言った。
「今傷つけたのは僕だよ。だから、言いなよ。僕に言うことがあるはずだ。簡単には流されない石を僕は投げたよ。だから言わなければ、ずっとそこに停滞し続ける。それを取り除けるのは君しかいないのは分かっているはずだ。だれも自らを濡らして拾いに行こうと思わないからね」
「お前は? お前は拾ってくれないのか?」
「言っただろう? 僕は君に石を投げたいと思っているのに、そんなことをするわけない」
「そうか」と俺は呟いた。「気がすんだよ」
「つまらないな」と月島は少しばかり拗ねて言う。「君が僕に乞う姿を待っていたんだけど」
「こんな茶番ごときで、するわけねーだろ。帰るぞ」
 俺は川に背を向けた。歩き出すと、ひんやりとした空気にようやく気付いた。秋になったからか、吹く度に風に意思があるように触れた場所に心残りがあるように去っていく。
 降り向いて月島の顔をじっと見る。
「なに?」
「寒いなら、そういえばいいだろ」と俺は月島に片手を出した。
「これは? どうしろっていうこと?」
 わざわざ差し出した手の意味を理解しようとしない。俺はじれったくなって、月島の片手を奪って握りしめた。驚きで月島は何も言葉が出ないようだ。
「嫌なら、離す」
「……嫌じゃない」
 月島は俺の手に指を絡ませて、親指でしっかり固定し、俺を逃げられないようにする。安易に差し出したものは、月島にとっては欲しいものだったのだ。そして、俺も欲しかったものだとは本人には言ってやらない。それこそ、大きな石を投げられてしまうから。

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