真っ直ぐな視線を自分だけに。





 大きな声で叫んでごらん? そうすれば、きっとそこにアイツは来る筈だから。

 僕は知っていた。この子が影山のことをずっと追いかけていることを。
 遠い場所からわざと見つからないように隠れていることを。
 まだらになっている場所で、影山はこの子がずっと想いを寄せていることなんて知りもしない。ざらざらとしている中に大きな塊があっても、彼はそれを土ならば土だとしか判断しないように、彼女のこともただの観客の一人だとしか思っていない。想いを寄せていても例外は無い。彼が鮮明に細かく見ようとする場所はそこじゃないから。
 彼女はまた、彼へに対しての想いを上手く表現できないでいた。彼に対して想いを表現するには分かりやすく言わなければ通じない。そうだとしたら、こちらが傷つかないで済む方法をいくら探しても見つからない。
 席を立ちあがり、後ろを見ると同じ性別の人間が沢山と座っている。みんな恋をしているように選手の名前を我がもののように呼ぶ。
 この中に本気の恋をしているのは何人? ただのファンなのは何人? 恋をしているのならば誰が好きなの? 彼のことを誰だけ知っているの? 彼とは仲がいいの? 彼女は耳を塞ぎたくなった。だけど、耳を塞いだところでその視線は選手を追っている。視線を下げる。そして、彼女は聞こえてくる声から逃げようと速足でその場を去った。試合はまだ行われているのに。
 想いの強さがいくらあったって、なにかに変わるわけじゃない。心の中にそれは重さとして残って、どうしようもなく滞っているだけだ。気付いて欲しいものを無理やり抑えつけている癖に、都合良く自然に自分だけをヒロインのように選ばれるなんてありはしないのに。
 彼女が影山を追っているなんて、誰も知りはしなかったと思う。それこそ、誰かの付き添いに付き合わされているようにしか見えなかった。

「月島君には言って置きたかったんだ」と彼女は自分の情けなさをカバーするようにぎこちない笑顔を見せた。「ずるいのは知っているけど」
 僕は夕日になっていく空を見ながら、
「なんで、僕に言って置きたかったの?」と聞いた。
「それはね」と彼女は話しだす。
 普段の彼女より、気が緩んでいるように見える。教室の静けさが彼女に安心をもたらしているんだろう。僕も、彼女のことは嫌いではなかったし、あまりにも彼女が落ち着いて話すから、それに同調してしまっていた。
「月島君って、些細なことを気にしてくれるから、私がこんな想いでいたってことを理解してくれる気がしたから。ああ、でもね。どうにかなりたいからって協力して欲しいわけじゃないから」
「僕が影山を呼び出すことなんて、簡単に出来るよ? まぁ、嫌がるだろうけど。僕という時点でね」
「うん。有難う。でも、それだったらまた一人で私、何も出来なかったことになるから」
「僕もそう思う。君は君に決着をつけた方がいいと思う。想い続けるのは自由だけれど、苦しいのは辛いから」
 彼女は笑った。僕は不思議そうに彼女の方を向く。彼女は僕にバトンを渡しきったように安心した表情で言った。
「嫌かもしれないけど、私達ほんの少しだけ似ている所があったんだと思う。だから、重ねてしまってたのよ。君もきっと、私のように大事なことを隠してきたでしょう?」
 僕は少し困惑すると、彼女がすぐに謝った。
「ごめんなさい。軽率だったね」
「いや。驚いただけだから」
 僕は表情を改め、
「大きな声で叫んでごらん? そうすれば、きっとそこにアイツは来る筈だから」と言った。「多分、その時は君のことしか考えて無い」
「うん。それだけで、幸せだわ。多分、それが私が一番欲しかったものだと思う」
「頑張って」
「ありがとう」
「僕も言ってみることにするよ」
「うん。月島君も頑張ってね」
「ありがとう」

 

template by TIGA