こんにちは

 君の真っ直ぐな眼は僕を見ているはずなのに、僕の存在をただ理解しようとしているだけであって、僕に熱情を向けた視線ではない。だから、僕は理解しようとする君がとにかく煩わしくて仕方がない。君が理解に及ばないせいでその視線がぼうっとした間抜けのような顔をするから、整った顔がだらしなく崩れている。そんな表情でこちらを向いているのだから、僕は君のことを馬鹿なんていうけれど、言われても可笑しくはないはずだ。人をそう簡単に理解できると思うなよ、とそういう意味で。
「そうだな」と僕は彼を納得させる答えを考える為に、一間を置いた。出来る限り分かりやすいようにと、彼の表情を一瞥してから話す。間抜けな顔は困惑した様子に変わっていた。飽きさせない奴だなと、口端をあげて意地悪く笑った。「君の阿呆で短絡的な考え方を、もう少しゆとりのあるように手伝ってあげるよ」
 彼は一度怒りを表情に浮かべたけど、それを抑え込んですぐに断った。僕相手だと面倒なことになりそうだと考えたようだ。彼にしては……と抑え込んだことに感心する。感情だけで動いている人間が頭を使うごとに僕は少しばかり驚くのである。
 闇と制服の色が近い。彼の黒髪も合っている。こんな田舎の夜は僕みたいな髪が異端者のように浮いている。虫と蛙の声がまるで避難しているように声を上げ続けている。そんな中、星と月は上からそんな彼らをだまって嘲笑っている。何も言わずに、僕達が届かないことを知っているから。
「必要ない」
 彼はそれだけを言い、僕の隣を通り過ぎようとする。僕という存在だけで、彼は関わることを端から止めている。僕は彼にとって厄介な存在なのだろう。表情を強張らせ、自ずと緊張もしているようだ。
 僕は、張りつめている彼の肩をわざとらしく一度叩いた。リズミカルで、弾くように、彼にヒビを入れるつもりで。
「逃げても、いつかはこの壁に当たると思うけど。それに、僕がその気になっているうちじゃないと、後で後悔するんじゃないかな? あ、でも、君、後悔大好きだよね」
 彼の中で僕が作ったヒビが広がってく。やっと塞がってきた大きな穴に挨拶をして、容赦なく入りこんでいく。とても心地よい。
彼の中には僕が住み込んでしまいたい程の大きな穴がそこにはあった。ここは僕のものにしようと前から決めていた。そんなもの誤魔化しながら塞いだって、君は何度も夢にみると思うよ。納得できてないのだし。
 足が止まって立ち尽くしたってことは、君はもう僕のものでいいのだろう。君の怒りというエネルギーは大きな穴に吸い込まれて、ぐるぐると循環して器官を傷つけ、そうして耐えられなくなって吐きだしても、もうそれは弱弱しいどうにもならないことだって分かっているから虚しいだけなのだろう。
「これから、よろしく。いや、違うな、今からよろしく」僕は笑って言った。はやく巣食ってしまいたいな。楽しみで、仕方ない。

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