嘘なんかじゃないって

 これが恋だということは、鈍感な俺だというのに、すぐに分かった。
「真ちゃんさー」
 わざとらしい笑顔を作り、傍に寄ることをさも当たり前のようにして近づく。
 誰もいないからといって、俺に触れていいわけではないのに、高尾は隣に座ると背中に手を回した。
 なれなれしいという、威嚇ができるような表情が出来るのならもっと距離をとることが出来るのだろうが、俺は密かに喜んでいたのだ。
 そんな表情などできずにただ照れて、顔を反対側に背けて心臓の音を戻すことだけ考えていた。
 だが耳元で囁いてくる高尾の声が、全身を浸食すると、もうこの脈動は高尾が傍にいる限る元に戻すことなど出来ないのだろう。留まる事を知らないようだ。
「こっちさ、向いてよ。俺、傷ついちまうわ」
 そう言っている癖に声はなんだか面白がってて、俺の考えていることも全てお前は分かっている癖に、わざとそうやって遊んでいる。
「近づくな……」
 どんどん距離が縮んできて、これ以上傍に寄ってしまうと身が持たない。
「恥ずかしいの?顔真っ赤だぜ?可愛いなー」
「う、るさい」
「本当好きなんだけど、真ちゃん大好き」
 耳元にキスをされる。そのせいで体が僅かに震え始めた。
「俺のこと怖い?」
「怖…くないが、怖いのだよ」
「ハハ、なんだよー、それ。大丈夫だって、俺、軽そうに見えてちゃんと好きな奴には段階踏むから怖がるなって」
「無理なのだよ……」
「無理か。ま、なんで震えてんのかは分かってるけどさ。真ちゃん、最初の段階は手をつなぐことから始めようか。ほら、手だして」
 俺は振り向き、高尾の顔を見ずに手を探し繋いだ。
 高尾の手は温かくて、俺と違って震えても無い。
 繋ぐと高尾がぎゅっと離れないようにしっかりと繋ぎ直した。
「よく出来ました。次は俺の顔見て」
「無理なのだよ!」
「今日はここまでにしとくからさ。真ちゃん頑張ってみようぜ?」
 そう言われたら、もう逃げることなど出来ないではないか。俺はどうにか顔を向けたが、目線だけはどうにも高尾をみることが出来なかった。
すると高尾が俺の唇に軽くキスをした。
急だったので流石に驚き、高尾の顔をみてしまった。
唇から離れると肩に力が抜けて茫然としていたので、そのまま高尾の顔をみていた。
「合格。こうもしないと真ちゃん無理そうだったからな。真ちゃん、俺さ、本当にお前のこと好きなんだぜ?」
「そんなこと知らないのだよ」
「嘘なんかじゃないって。どうやったら信じてくれんのかなー?」
 高尾は俺のことを抱きしめた。
「俺さ、結構今嬉しいんだぜ?」
 俺だって嬉しいと、俺は離された手を高尾の背に回すことにを最後の力を振り絞った。
 力を入れることは出来なかったが、高尾の背に手を回した。
 「俺だって嬉しいのだよ」と言葉で言えない変わりに。

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