距離


 

「触れていいですか?」
 ソファーで横たわる兵長に、まるで懇願するような顔で呟くと、兵長は少し面倒くさそうにチッっと舌打ちを打った。
「てめぇのその面は気に食わねー」
 間抜けの様に棒立ちになっている俺の服の端を掴む。
 鋭い目つきが項垂れ、どこか違う場所に向けられている。半分、諦めている様な感じだ。
「それは許可されたということで、いいんでしょうか?」
「てめーはなにすんのにも許可とらねーと出来ねぇ、腰抜けかよ」
「はい、俺は腰抜け野郎です。貴方の許可がなければ、判断も出来ない、委ねることしかできない、ただのクソガキですから」
「よく分かってんじゃねぇか。それにもう一つ加えとけ。そのガキということをいいように使って、無意識に思いのままにしてんのが俺は一番気に食わねーんだよ」
「そんなこと言っても俺は今も貴方に触れることを恐れてる。そんな俺が都合の良いように出来るわけないじゃないですか」
「……それだ」
 兵長は掴んでいた手を自然と離す。そして項垂れた目線は俺に向けられる。
「ほら、お前は本当に都合がいい」
 離された手はその場所から動くことは無かった。
 俺がその手を掴んでいたからだ。
 力が抜けているその手と正反対に俺はいつ力を込められてもいいように、がっしりと掴んでいる。
「……クソガキが」
「まだ、俺は許可を貰っていませんから」
「貰うまで離さねーつもりだろうが。もういい、勝手にしろ」
「それは諦めでしょうか?」
「おい、俺にこれ以上つまんねーこと言わせる気かよ」
「それはすみません」
 指を絡め、俺は膝立ちになると、兵長の顔の近くに自分の顔を近づけさせる。
 許されたのは、この指と唇だけ。
 空いた片方の手で顔を触れることもなく、鋭い目つきが収まると唇を触れさせた。
 それは軽く、自分の気持ちを相手に押し付けてしまうのが怖いような、すごく遠慮をしているキスだった。
「本当に触れることしかしねーんだな」
「だけど、貴方が許す限りならいくらでもするつもりです」
「そうやって意地はっているがな、すぐ剥がれるぞ。特にお前は」
「分かっています」
「なんだ、お前がしてーことをしたのに、まだそんな面すんのかよ。それなら、馬鹿みたいに大人振るより、箍を外して来られるほうがよっぽどいいじゃねぇか」
「そうですね。そうしたいです、俺も。だけど、やはり何故か自分の中に蟠りがあって、それが無くなるまではどうしても躊躇してしまう」
「俺は知らんぞ。それはお前の問題だ」
「分かっていますよ」
 そう言って乾いた笑いをした。
 その笑いは耳に残るほどのものではないけれど、とても意地のはったもので、無理をしているものだ。
 この人は優しすぎるから、分からなくなる。
 どこまでが許されているのか。
 どこまでの距離を今、持っているのか。



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