コーヒーとミルク

どうして、そんなに幸せな顔をするんですか? と一度、聞いてみたことがある。
答えは単純に、好きだからに決まっていると、返ってきた。そんなことを聞いたせいか、黄瀬は不安な顔をして、縋りついてきた。
そういうことじゃ無いと説得するのには、時間が掛った。
「黒子っちは、俺と居て幸せじゃないんスか?」
 また、唐突なことをいう。泣き顔まじりの顔を、指で弾いてやった。
「幸せですよ。僕はね」
「じゃあ、あんなこと聞かないでよ。不安になるじゃないスかー」
「いや、単に君がいつも僕と居て、ずっと笑顔でいてくれるから、疑問になっただけですよ。ほら、僕は君に何かをするってわけでもないし」
「してくれてるよ。いるだけでいいんス」
「はいはい。有難うございます」
 決め顔で言ったセリフも受け流される。
 そして数十秒後には、子供が泣きつくように、抱きついてきた。黒子は頭を撫でてやる。腕の力は弱まらず、これが女であれば、苦しいと言っていただろう。しかし、残念ながら男である。いくら体が貧弱に見えようとも、女よりは確かに丈夫だ。
 そういえばと、思い出す。がっしりと掴まれている体のまま立ち上がる。それを引きずりながら、台所に向かう。黄瀬は動きのせいで途中、フローリングの床に落とされた。そんなことを知ったこっちゃ無いと、黒子はがさがさと漁っている。
「あぁ。あった」
 棚にしまわれていた、開封もしていないそれを見つける。パッケージにはコーヒーと書いてある。黒子はお湯を沸かすために、やかんに水を入れ、火にかけた。
「なに、寝てるんですか」
 様子見で後ろを振り向くと、床にうつ伏せになったまま、立ちあがっていない。なんとも滑稽だった。
「その格好、ファンの方にぜひ見てもらいたいですね」
 もう一度、定位置であるソファーの隅に座る。
「黒子っち、お湯沸かしてんの?」
「はい。そういえば、頂きもののコーヒーがあったでしょう? 君、飲まないんですから、こういう休日のゆっくりした時ぐらい、一緒に飲もうと思って」
「開けちゃって、黒子っちが飲めばよかったのに」
「君が貰ったものですからね。僕一人で開けて飲むのは悪いでしょう」
「悪くないス」
「あれは、君に飲んで欲しそうな顔をしていましたよ」
 黄瀬はようやく起き上がり、随分と余裕のあるソファーの端に座った。狭いと黒子が押しやっても離れない。
「黒子っち、やきもち?」
 随分と、にやけて弛んだ頬をひっぱってやる。
「君は本当に調子がいいですね」
 しばらくして、ヤカンから蒸気が出ているのを確認すると、黒子は立ちあがった。
 二人分のコップに、インスタントのコーヒーの粉を入れる。少し高いものだとは雰囲気で分かった。
「砂糖とミルク沢山」
「はいはい」
 シンプルな白のコーヒーカップにコーヒーを入れ持っていく。このカップは黒子が選んで買ったものだ。華やかなカップより、こちらの方がコーヒーそのものの魅力を感じさせる気がした。
 砂糖とミルクを沢山入れた黄瀬のカップは、薄茶色のような不透明な色をしている。元の澄んだ黒の面影など、そこにはない。黒子のカップも、甘党なこともあって同じくらい、砂糖を入れた。
 大の大人が見合わないコーヒーを飲んでいる。
「僕達って、成長していませんよね」
 しみじみと言う。コーヒーの後味が舌に絡む。
「このコーヒーをくれた方はきっと、君はブラックで、優雅に飲んでるなんて思っていますよ。きっと」
 こんな姿を知らないのだろう。コーヒーを甘くしないと飲めないとか、そんなマイナスな評価じゃなくて、どれだけ凄いかを妄想出来るかに掛っているような。
 多分知らないから、好きでいられる。妄想をやりくりして、嫌なところをいいように考えて。黄瀬自体が悪いんじゃなくて、好きな所を修正して、予想している。
「黒子っちは、モデルの俺に幻滅したことあるの?」
「いえ。僕はありませんね。僕が好きになったのは、君だから。作り物の君には惹かれたことは無いですよ」
「格好いいって思わないの? 俺なのに?」
 無意識にナルシストが入ってるんじゃないかと、少々心配になった。本人は自分の素材を素で受け止めているらしい。
「顔は確かに格好いいでしょうね。でもね、作られた君には魅力を感じない。ほら、今みたいにね、少しの言葉で傷ついたりしないでしょ。虚勢を張っているようにも見えて」
 今の黄瀬は、黒子が言う一つ一つの言葉に反応する。表情がピクリと。ほんの意味の無い言葉にだって受け流せない。
「お茶菓子あったかな」
 台所から頂きもののクッキーを持ちだした。これも、ファンからの頂きもの。
「黒子っちが嫌なら、俺、持って帰るのやめるッス」
「嫌とは、言っていませんよ」
 缶に入っているクッキーを取りだす為に、縁についているシールを剥がす。しゅる、とそれが取れたら、クッキーを一枚取った。黄瀬の口の中に押しやった。
「ただ、僕はね。君が魅せている君より、本当の君を知っている。そんな君が僕のことを好きでいてくれているのが、幸せだと思っただけですよ」
 口の中をいっぱいにして、頬張っている黄瀬はなんともいえない声を出して抱きついた。
 黒子も黄瀬の一喜一憂することを見て、些細なことで幸せなんて感じてしまう。それは黄瀬の影響なのか、ともかく平坦な日常が変わっていることに変わりない。
 とりあえず、口の中にあるクッキーを食べてもらってからだ。コーヒーの香りがまだ鼻を掠る中、今日の休日は何をしようかと、二人で考えようと決めたのだった。

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