一歩


 

 触れられることを望んでる。
僕から君に手を伸ばすことは出来ないから、君の意志で僕を必要としてくれることを願っている。これは他人任せというものなのか。
 君に触れるには僕はその立場になってはいない。僕はまだ等しくない気がする。これは劣等感に近しいものだ。そして永劫にそんな気がして堪らない。
「テツヤ、お前はもう少し僕のことを身近に置いてくれないか。お前は常に遠い顔をしている」
 部活の帰り際、少し後ろを歩いていた僕に赤司君は言った。振り向き、僕の手を取ると隣に引き寄せる。
「何を後ろめたい?」
「いえ、そんなわけではないんです。僕が君の隣を歩くなんて似付かわしくない気がして」
「お前に僕のことを決められなどしたくはないが」
「違和感が僕の中に出来ていて、まだ整理できてないようです。時間が経てば慣れるかもしれない」
「それまで待てというのか。つまり僕についてお前は少し勘違いをしているようだ」
「それはなんですか?」
 この季節は日が長く、7時を回ってもまだ辺りは明るい。夏はまだ来てないのに温度は高く中途半端な気がする。だから赤司君の表情もはっきりと見える。
 冬の頃に暗くて誤魔化してきた僕の表情も、日が経つにつれ隠すことが出来なくなっていた。君の視線が僕の逃げ場を塞ぐ。
 あの頃と僕達はあまり変わっていないようだ。歯がゆくも感じているのだろう。
 時間は十分すぎるほど経っている。なのに僕は先ほど触れられただけなのにまだ心臓の響きが止まりはしない。こんなことなのにと自分でも思う。
「僕もお前に対して何も思ってないことはないということだ。そうだな、お互い表情をころころと変える性分でもないから伝わりにくいが……」
 赤司君はもう一度僕の手を握る。
「赤司君、あまり外では「すぐ終わるから黙っていろ」
 周りを確認する。そして引き寄せられると僕は赤司君の胸に顔を埋める。
「どうだ。聞こえるだろう?お前が傍にいるだけで僕はこうなってしまう。いくら時間が経とうとも変わりはしないだろう。それは僕もまだその違和感を持っているからなのだと思う」
 顔が熱くなる。首から汗が滲む感覚がする。赤司君の心臓の音が僕の心臓の音を急かす。
「その違和感を取り去る為に僕達は分かり合わないといけない。言葉でも触れ合うこともどちらも必要だ。だからテツヤ、お前も僕のことを分かろうとしてくれないか。時間に任せるのではなく、自分自身で進んでほしい」
 解放された僕は周りを再び見直して安心したけれど、でも先ほどの胸の温かみも音も恋しくて淋しい。
 もっと赤司君と繋がりたい心から思った。
 それは最初に思っていた劣等感よりも、深く自分の中に存在していたもので、赤司君が僕を望まなければそれがいけないもののように抑えつけていた。
「僕はもっと君が知りたい」
 まだ自分に自信はなく、弱弱しく発された声を赤司君は優しく受け止めて、ほほ笑む。
 僕は一歩隣へと踏み出すと、ここが赤司君と見る景色かと思った。
 後ろから眺めていた赤司君が隣にいる。少しだけ僕より身長が高くて、身近に見上げることが新鮮でただ嬉しかった。
 君の隣で居られることがこんなに幸せだと知った。

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