振り返る(4)

 彼を苛めるのは悪くない。男だし、飛雄だからという理由がある。俺がこういうことをする度に、もう一人の自分がこう言う。「飛雄だからいいでしょ。傷つけてもいいよ。それ以上に傷ついたでしょう?」と。
 こんな言葉を自分の中で理由として探しているのだから、俺はとんだ弱虫だ。そしてその上縛ったりして犯すのは、彼が自分に近づくのが恐いんだ。こんな行為だといつでも思っていてくれないと恐い。俺は飛雄に恐れている。
 俺は隣に寝ている飛雄の手首を掴む。真っ暗で何も見えていない。彼も見えない。いくら傷跡がつこうとも、これじゃあ意味ないんだな。あるべきはずの痕を指先でなぞった。
 暗い中で自分の衣服を探すのはみっともない。どこに投げ捨てたのか覚えていない。そして惨めさは俺の背中にぴっとりとくっついているんだ。そんな背中を飛雄に向けて、今日はさようなら。また会いにくるよ。優しく閉めたドアの音にそれを含める。とても寂しげな音にも聞こえた。

 ふわふわとした女の子。優しい顔で笑いかける。無邪気な顔で。飛雄にはない、貴方を心から信用していますという表情を浮かべ、今日も俺の傍に寄る。
「個人的にお前の所に来ようとしているなんて、ファンクラブ敵に回すぜ? それだけで中々の度胸だっつーの」
  岩ちゃんは大あくびをして、上着を脱いだ。もうすぐ練習がはじまるので、ロッカーで俺達は練習着に着替えていた。
 体育館に堂々とさっきの女の子が寄ってきたので、岩ちゃんもしっかりと見たらしい。他にも目撃者は沢山いる。その場所で準備をしたものはほとんど見ただろう。 女子が制服で一人で近づくのは中々目立つ。
「女の子のこと、そう言っちゃだめだよー。だからモテないんだから。うわっ!」
 俺がそう言うと、手は塞がっていたので足で蹴られた。手加減など一切ない。それが面白くて笑うと、もう一発よこされた。
「そもそも、お前がへらへら笑ってるから面倒なことになるんだよ」
「知らないよ。女の子達のことには変に言わないことにしてんの。俺、優しいから」
「優しいんじゃなくて、面倒だからだろうが」
 あらお分かりで。さすがに幼馴染はなんでも分かってくれるね。少し感心する。呆れた顔で言われても、毎度のことなので何も思わない。どんなにため息を吐かれたって、岩ちゃんは俺のこと許してくれると思う。だから、それも俺に対しての警告なんだと思う。本当に呆れられるなよって。
「あの子ね。頭良いと思うよ。だから、分かるよ。俺が本気にならないっていうこと」
「どうかな? そういうやつは逆に燃えるんじゃねーか?」
「いや。冷めきるんだ。無理なことを分からせれば」と俺は言う。「だって俺、あの子に対して何にも感情浮かばないもん」
 嘘じゃないから、しょうがないよね。岩ちゃんに笑って言ったら、最低な奴と言われた。そっちの方が心地良かった。

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