なおせないモノ


 

「丸井、お前は練習に戻れ。」
「だけど!」
「戻らんかと言っておるんだ!」
 テニスコートに真田の声が響く。険しい顔をした丸井は間をおいて、自分の表情を無理
やりいつもの表情に戻した。
「全員、いつも通り練習しろ!」
 そう周りに伝えると、はい!っと部員が声を出した。真田は怪我をした一年の肩を組み、
声を掛けながら保健室に向かって歩く、丸井はそれを少し見ると自分の練習場所に足を重
そうに帰った。

「怪我した一年が悪いんじゃ無いんスか?」  練習後、赤也が丸井を下手に励まそうとするが、丸井に落ち込んだ様子は全く無かった。
いつも通りと変わらない丸井を演じているように見える。
 それに気付いていないのは赤也ぐらいなことも分っていそうだが、演じていないと流れ
る暗い空気が丸井は嫌なのだろう。
「まー俺が悪かったよ。集中力が切れて、あんな所に打ったの俺だしさ。」
「丸井先輩にしては、そういう風に言うの珍しく無いっスか?いつもなら、俺のせいじゃ
ねェとか言いそうなのに」
「馬鹿!全然俺の真似似てねェよ!」
「そうっスか?結構似てると・・「赤也、帰るぞ。」
 言い終わる前に柳が帰る準備を整えて部室のドアの前に立ち、赤也を待っていた。
「待って下さいよ!丸井先輩も急いで!急いで!」
「あ、俺部室まだいるから先帰っていいぜ」
「分りました!仁王先輩は?」
「俺もおるから、先帰っていいぜよ」
柳生には目で合図すると、わかりましたと頷いた。
赤也は制服を適当に着ると、俺達に笑顔で挨拶すると待ちきれずに行った柳達を追いかけ
た。静かになった部室で、話をかけたのは俺だった。
「丸井、大丈夫か」
 話を切り出してから、丸井はいつも通り丸井らしく答える。
「俺は大丈夫に決まってんだろぃ。心配なのは一年だよ。」
 そう言いながらも、話す時に目を合わせない。手も震えていて、それを拳で握り締め誰
にもばれないようにしている。練習中だって、あの後の丸井はいつもより調子が出せずに
何かを考えている様子だった。
 丸井はずっと子供の様な性格だと俺は思っていた。俺様で、嫌なことは嫌だと言って、
好きなことは好きと言う。俺はそんな丸井を好きになった。
「俺はお前のそんな所は嫌いじゃ」
 一瞬顔を歪めて、
「そうかよ」
と言って丸井は着替えようとも何もしなかった。
 傷ついているのを、分っているのに俺はまた知らないふりをして今の現状を続けていく
のだろうか。丸井のことを受け止めないといけないのに、俺は知らない丸井を知ることで、
手を差し出すことさえも恐れている。
「嘘じゃよ、丸井」
 後ろから俺は抱きしめ、そして首にキスマークを一つつけた。
「なんでも聞いてやるけん、言ってみんしゃい」
「俺、どうしたらいいか分んなくて・・」
「分っとる、傷つけることは怖い。その傷を自分で治すことが出来ないからの」
 そう、恐い。
 俺もお前さんを傷つけてしまうかもと思うと、恐い。
「演じなくていいぜよ。そんな丸井を見てる俺も辛くなる。」
「みんなに気に掛かれるのも辛いんだ。哀れだなって、そう思われるの辛い。」
 丸井は人を気にする奴だと俺は思っていなかった。
 だから、俺が丸井のこういう所を見るたびに苦しくなって、俺に何が出来るんだろうと、
何も出来ないのじゃないかと後去りしてしまう時があった。俺は丸井を抱きしめることし
か出来ない。それで丸井がどれだけ安心できているのかも分らない。
ただ、抱きしめる力が俺の手を握ってきた丸井の指の力に比例して徐々に強くなってきた
ことだけが分った。

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