合わせ貝


 

「お互い同じものを探しているのに、中々見つからない」とブン太は言った。
 普段通り、屋上で昼食を取る。今日は風がよく吹いた。校舎を盾にしていなければ煩わしいほどだ。
「目の前に女子が立っていればいいのに」と先ほど仁王は言った。そうしたらいい眺めだと。
「何人ぐらい?」と興味を持ってブン太が聞く。
「五人ぐらいかの?」
「いいかもしんねーな」ブン太は何度か頷く。
「けど、そうしたらうるさいじゃろうね。女子の声はよく通るし、集団になったら敵わん」
「そりゃ、困るな。俺は静かだからここに来てるのに」
「お前もうるさい奴の一人なんじゃがな」
「そうか? お前と居る時は静かな気がすんだけどな」ブン太はそう言って大きな口でパンを噛んだ。
 風は涼しいぐらいで丁度いい。外に出るだけで、閉塞的な所から自由になった鳥のように気持ちが良かった。風が撫ぜると生きていることを実感できた。
「沢山拾ってきたつもりなんだがな」と仁王は呟いた。手元に置いていた数枚のビスケットの中から一枚を拾う。「どうもどれも違うみたいだ」
 ビスケットをもう片方の手で一枚拾った。同じように見えるけれど、少し欠けていて重ねたら合わない。そして、両方とも一緒に口に入れて噛み砕く。当然味は一緒だ。
「最初からこいつしかいないとか思ったこと無いよな。俺ら。だけど分かんねーから付き合ってみるけど、やっぱり違うんだよな」
「お前さんは色々と望みすぎなんじゃなか? 理想のタイプとか言い始めたら止まらんじゃろうが」
「そう言うお前だって、見つけられなくて、残骸ばっかだろうが」
 ブン太に言われ仁王は苦笑した。
 生きづらさがあるのはそれもあるのかもしれない。校舎の中に自分と関係を持ったものがいると思えば、変に気持ち悪くなってしまっていた。しかもそれは増え続けている。もうそろそろ集団で襲ってやこないか冷や冷やしても言い頃かもしれない。
 ブン太も仁王と同じで探し物をしていた。そしてお互いが共通する点といえば、自らが探しにいかないことだった。全部同じに見えてしまっている。それが探しにいく気にもならない理由だった。
 お互いには目には見えない残りものが沢山詰まっている。
 あまり綺麗じゃないものが詰まって、ブン太と仁王を構成する一つになっていた。
「いっそ、今までのを全部消してしまいたい気がするの」仁王は疲れ切ったように言った。「そうしたら、合わないもんだって、新鮮に思えたかもしれんし。なにより気力がもう無いんじゃ。こんなんじゃ、一生無理かもしれん」
「大げさだな、仁王クン。俺らまだ中学生だろ。まだまだ遊んで刺激を手に入れたっていいんじゃねーの? とは言え、今の状況ではそう言えないこともないのは確か。レッテルは広がるのは早いし、みんな忘れないしな」
「ブン太は男にも手を出してるから、俺より性質が悪い」うんざりとした顔をする。
 隣でにこにこ笑っているブン太を見ていたら、自分はまだ軽いもんなんじゃないかと思ったりもする。
 仁王もブン太と関係を持ったことがある。ブン太は既に気にはしていない様子だ。だが仁王は少しだけ思った。もしかしたらと淡いものがブン太にはある。可能性を確かめるのが恐いから言いやしないが。
「海に行って、貝を探しにいこうぜ?」突然ブン太がそう言った。
 突発的な考えに驚きながらも、風が自分達を急かしているようだったので、ついていくことにした。

「寒いなー」
 ブン太は風を全身で受け、言った。「春でも、海は早いな」
 風が強くて、衣服が帆のように揺れる。もしブン太がいなければすぐに帰っていただろう。
 砂浜を歩く。歩きにくかった。
「本当に探すんか?」と仁王は聞いた。こんな状態で、しかも貝を探すなんて見つかるわけがない。
「探す。ここまで来たしな」
 ブン太はそう言うと、そこにしゃがんで貝を拾った。小さな白い貝を片手に持つと、また同じ大きさの貝を探していく。
「見つかるわけないじゃろ」仁王も腰を下ろした。
「まぁまぁ、お前も探してみろよ。女漁るよりは罪悪感ないだろぃ?」
 自分がしてきたことがその通りなのに、単語にされたら酷く悪いものに聞こえて、顔をしかめる。そして行きようのない気持ちを無くす為に、貝を探し始めることにした。
 小指の爪ほどの貝を拾って、砂浜に手をなぞらせて探していく。
 細かい土が爪の間に入った。少し嫌な気分になる。ブン太を見ると、指は既に土で塗れていて、子供が土遊びをしたようだ。仁王も構わず探し始めることにした。自分がこんなに指を汚すことなどあっただろうか。
 ブン太達の目の前には、合わない貝達が積って、山となった。ゴミでも集めているみたいにその山は大きくなる。
 座っていて体が痛くなってきた。ふぅ、と息を吐く。
 ブン太を一瞥する。真剣に探しているのかと疑わしいぐらい表情は浮いているような、気持ちがそこにあるような気がしなかった。
「見つかる気せんくなってきた?」仁王はブン太の傍により訊く。
「見つからないと思う」
「そうか」と仁王は自分の山よりも大きい貝の山を見て言った。「俺よりも頑張ってるのになぁ」
「きっと、傍から見たらこいつら何やってんだろうなって思われてんだろうな。結局、同じことだよな。人漁るのも」
「なぁ」
「ん?」
「その貝貸してみんしゃい」
 と仁王は手を差し出した。ブン太は土だらけになった手で白い貝殻を大事につまんで、仁王の手にひらに置いた。
 仁王は自分が持っていた貝殻を合わせるのではなく、ポケットに手を入れる。ジャリっと、音が聞こえた。
 そうして、片手で沢山握った白い貝殻を取りだした。
「合うか、どうかはわからんけれど……」と言い、貝殻を合わせていく。
 ブン太はそれを見ずに額を押しつけるように腕で隠していた。
「どした?」仁王は聞く。
「お前、俺のも探してたのかよ」籠った声でブン太は言った。
「ああ」と仁王はブン太の内部に届くようにはっきり言った。
「……もう合わなくてもいい。満足した」
「そうか。それなら良かった」
 仁王は貝殻を落とすように捨てると、ブン太を引き寄せ、「こんな近くにあったんじゃねぇ」と言った。ブン太はただ泣くばかりだった。






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