知る先には

 体を繋げる行為の後に残る罪悪感が嫌いだった。この人も、こんなことを考えているのだろうかと思ったが、それは無いと断定できる自分がいた。ブン太は体を合わせることに対して執着がなく、したいならすればいいと体を簡単に差し出してくる始末だ。自分達の関係はそれだけなのかと言われてみれば、否定できない。
 体を繋げている最中は余裕など無く、必死にブン太を手に入れることしか考えて無い赤也に対して、乱れながらもどこか余裕を持っているブン太が赤也を導くことはよくあることだ。それは関係を持った時から変わらず、また情事に慣れていることを知った。悔しいとか、悲しいとか、固有な感情を持つことは無かったが、終わった後に決まったようにタバコを吸うブン太を見て、自分で何人目なんだろうかと、つまらないことが度々浮かんでくることはあった。この人はそんなことどうでもいいんだろう、首筋に自分が付けた跡が見えた。
「何見てんだよ」
「別に。先輩が可愛いなって」
「どーていの赤也くんも、充分可愛いぜ」
「もう冗談よして下さいよ」
 可愛いなんて言われ慣れているのか、照れたりするわけでもなく、話題の一部にしてしまう。だから、あんなふざけたことが言えるのだろう、可愛いなんて思っても無いくせに。
  体を合わせる度に一つ疑問を持った。それはブン太の体に自分以外の跡がどこにも見つからないことだ。艶めかしい肌を撫でて見回しても、自分の物だと主張する跡は見つからない。そればかりか、ブン太に跡を付けようとしても反抗などされないのだ。赤也は一つだけ確信した。
 今、この関係を持っているのは自分だけだと。
 それは嬉しいなどというものでは無く、ブン太を征服しているのは自分だけだという妙な優越感が浮かんできた。またそれが罪悪感に変わっていったのは、同時に近いといえるだろう。
 回数を重ねる度にそれは比例するようだった。自分の中での優越感が罪悪感を上回るということは無く、ただ比例するのだ。そしてそれが一つの感情だと知ることを恐れ、無駄なほどブン太の中で自分を研ぎ澄ました。不思議なことにブン太も同じ様にそれに答えた。今思えば、抵抗など一度もされていない。
「赤也」
 名前を呼ばれると、赤也は何ですかと不甲斐ない様に答えた。ブン太は吸い終わったタバコを、一連の動作として自分の携帯式の灰皿で消すと、赤也の背中にもたれた。体温が繋がり心地良かった。
「ばーか」
 そう言うブン太に毒々しさなど無く、だからといって照れた様でも無いが、その言葉が暖かいと感じた。なぜそんなことを言われたのかは、きっと自分の思っていることが漏れていたのだろうと勝手に決めつけたのだが、それも対して外れていないと思ったのはブン太が赤也の右手を握ったからだ。お互い何も言わずに体温だけを感じた。いつの間にか自分の体温かあるいはブン太の体温さえ分からなくなったが、お互いの体温が行き来しているには違いない。
 胸の中で躍っている心臓が、背中越しで伝わらなかったことに安心し、またブン太の心臓の音が聞こえないことが少し残念だった。
 優越感と罪悪感の中にあるものに、名前を付けようとしたら出来たのだが、付けなかったのはこれ以上進んではいけないという合図だったのを今更知った。
 だが、知ってしまったとしても言葉にして安易に伝えてはいけない。それはどうしても自分の中に留めていないと、一方だけではあっても意味もなくそこで落ちぶれるだけだ。
 部屋の空気はタバコと精液の匂いとブン太が持つ独特な香りで包まれていて、それに慣れてしまったのか、今は此処が自分のあるべき場所だと錯覚しそうになる。そして尚更、背中から伝わる体温がそれを駆り立てさせた。
「残酷だよ、センパイ」
 きっとブン太は赤也の気持ちなど、とうの昔に知っているのだ。でなければ、こんな不甲斐ない自分を補う方法を知るわけがない。そしてまた、ブン太が何も言わないのはこの関係に名前など付けられないからなのだろう。
 体だけの関係だった。
 そう言わないのは、二人の間に何か芽生え始めていたのかもしれない。けれど、それが何かと問われば答えることは出来ない。知る先にあるものは不安と躊躇とそれから、今みたいにお互いの体温が行き来している様なものかもしれない。


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