名前など付けられない


 この人は経験している。

 どこかそう思うと取り残された感じが赤也の中で、陰湿な暗闇に飲み込まれた様にブン
太という人間が見えなくなった。
 一言で言えば、取り留めない人だ。そのことが初対面で分からないのは当たり前だった。
いい人に見えるのも初対面だからと同じことで、最初だからいい顔をしていただけなのか
もしれない。
 だが、時が経つ度に変化はしていくもので、同じ時間を二人で共有し始めていた頃には
ブン太という人間が、どこか影を持ちながら、また考えや感じていることが赤也以上に現
実的で、そしてそれをわざと自分自身に突きつけているなど分かってきた。
 しかし、自分がブン太という人間をこんな風に言い表すにはまだ言葉が足りないと
思った。何故なら、ブン太が過ごして来た時間の中で赤也と一緒にいることは、今までの
ほんの一部だけと同じだからだ。そう考えると今までブン太が自分以外と過ごして来た時
間が、どうしようもなく恨めしいと感じた。
 それを伝えることをしなかったのは、自分達の関係に名前を易々と付けることなど出来
ないからだ。確かに同じ時間を過ごし、体を重ねてもいたが決してそれは恋などでは無い。
 また、愛などというものに不確かな確信のまま縋りつきたくなかったからだ。





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