綺麗、汚い




「いらないから、それ」
 言い放られた言葉はするりと耳を通り抜けて落ちてゆく。
綺麗なものは綺麗だと誰が決めたのだろうか。汚いものは汚いなんて、つまらない個人の考えで、
どれが本当何て決める術は無い。
 綺麗も汚いも決めることができるのは人の意志で、悲しいことに綺麗なものを汚いと思っていて
後悔したとしても、それが合っているのかを知るものはいない。
「なんで?まだ綺麗じゃん」
「いいから捨てろ。もう必要ない」
 ソファーから投げ捨てられた綺麗な本は、パタッと音をだして拾われることはなくなった。
 開かれた様子も無い本を無造作に見つめる。真っ白の表紙に英語で題名が横文字に書いてある
だけで他には何も書いてはいない。
「何て書いてるんスか?」
「いらねーもんだから教える気ねー」
 それよりこっちこいよ、と手招かれるままに、無意識に体が吸い込まれる様に向かう。
 長いソファーを独り占めし、横たわっているブン太の側に行くと冷えた温度の手が首にまわり、
引き寄せた。 ブン太は瞳を閉じ、キスを自分から仕掛ける。赤也は瞳を開けたまま、ぼんやりと、
されるがままになりながら、自分の感情が薄くなっていったのを感じた。
この人は一体どちらなのだろう。
 きっと汚れていて、触れた赤也自身も汚くなってしまったと、本人は冗談気味に言うのだろう。
些細なことで自分を傷つけて、それを受け止めようとする。
 差し伸ばされた手を掴むことなどせず、人を巻き込まない様にして、結局自分だけを傷つけるブ
ン太を知っているから汚いとは言えない。
 他人を傷つけても何にも思わず、寄ってくる人間を二度と寄らせないようにすることは哀れだと
思ってしまうから、決して綺麗だとは言えない。

 汚くても綺麗でも、側にいてくれれば何でもいい。歪んだ愛情がそこにあろうとも、それが自分
にとって綺麗なものなのかもしれない。
 無音の中、赤也はブン太の髪に手をやった。
 投げられた本は決して自分ではないのだと思いながら。
 






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